あさかぜ
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現在のあさかぜ |
現在の「あさかぜ」は東京〜下関間を一日一往復で結んでします。24系25形で運行されていますが、ラウンジカー兼電源車のスハ25系300番台が連結されているのが特徴です。 設備はA1(シングルデラックス)とB寝台、ラウンジカーとシャワー室があります。 2005年3月のダイヤ改正で廃止になることが正式に決定しました。 |
基本データ | ||
デビュー | 1956年 | |
最高速度 | 110km(EF66) | |
使用車両 | 24系25形 | |
運行線区 | 東海道本線・山陽本線 | |
運行区間 | 東京〜下関 | |
運行本数 | 東京〜下関 | 1往復 |
停車駅 | 東京-横浜-熱海-静岡-浜松-名古屋-大阪-姫路-岡山-倉敷-新倉敷-福山-尾道 -三原-西条-広島-宮島口-柳井-光-徳山-防府-新山口-宇部-下関 (下りは大阪・倉敷・新倉敷、上りは浜松を通過。) |
歴 史 | |
「あさかぜ」がデビューしたのは昭和3年で、当初は旧型客車で東京〜博多間を結んでいました。「あさかぜ」が世間の注目を集めたのは昭和33年に20系客車が投入されたときで、全車冷暖房完備で「走るホテル」と絶賛されて、その車体の色から「ブルートレイン」と呼ばれてもてはやされました。 その後、「あさかぜ」は人気を保ち続け、最盛期には3往復体制にまで増発されました。 車両も14系・24系25形が投入され、昭和61年にはブルトレでは初めてシャワー室・ミニロビーを備えたB寝台「デュエット」も連結され、ブルートレインの代表格として走り続けました。 しかし、そんな「あさかぜ」も時代の波には勝てず、平成5年に食堂車の営業休止になり、翌平成6年には博多行きの「あさかぜ1・4号」が廃止となり、「あさかぜ」は再び一往復での運転となってしまいました。そして2005年3月のダイヤ改正で寝台特急「あさかぜ」は、廃止となることが正式に決定しました。 |
年 表 | |
1956年 | 東京〜博多間の急行「玄海」を置き換える形で第2次世界大戦後初の夜行列車としてデビュー。(玄海は京都〜博多間の急行となる) |
1958年 | 20系客車を投入。その車体の色から「ブルートレイン」と呼ばれる。 |
1968年 | 多客期の臨時列車を定期化。2往復体制になる。 |
1970年 | 「安芸」と統合。3往復体制になる。 |
1975年 | 山陽新幹線博多延伸で一往復減。再び2往復体制に。 |
1977年 | 一往復を24系25形化。 |
1987年 | ミニロビーとシャワー室を備えたB寝台車両を連結。 |
1993年 | 食堂車の営業を休止。 |
1994年 | 東京〜博多間の「あさかぜ1・4号」を廃止。 |
2005年 | 3月のダイヤ改正で廃止(予定) |
編 成 表 |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
B | B![]() |
A1 | ラウンジカー | B![]() |
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B | B![]() |
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